天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

未経験合格者(弁理士)のキャリアの始め方

先日出席した合格祝賀会で、何人かの合格者の方から、知財職へのキャリアチェンジについて質問されました。研究開発部門に在籍中に弁理士試験を受けて合格したのだけれど、この先どうしていくのがいいだろうか、というものです。

弁理士受験者・合格者の母体

「母体」というのか「バックグラウンド」というのか、要するに、どんな人が受験しているのかということです。特許庁では、弁理士試験に関する統計情報を公開しており、たとえば今年2014(H26)年は、こちらにあります。

その中に、「職業別内訳」というのがあり、志願者統計と最終合格者統計を並べてみると以下のようになります。

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最終合格者でみると、約半数が会社員、約30%が特許事務所、残り約20%がその他となっています。その他の中で最も多いのは無職で7.5%。受験に専念という方々でしょう。

特許事務所の受験者・合格者はすでに知財業界に生息していることは明らかですが、「会社員」の内訳は不明です。多くは知財部門と推測されますが、研究開発部門の方もそれなりの数に上るのではと思いますし、知財でも研究開発でもないという方も少ないですがいらっしゃいます。

私個人の実感としても、合格者の内訳は、(1)特許事務所で勤務しながらの受験生、(2)知財部で勤務しながらの受験生、が大半を占めるとともに、(3)自らの発明者経験で興味を持った研究者・エンジニア、(4)学生時代に知財に興味を持ち、自分のキャリアにしたいと思ってまずは資格取得を目指した学生、(5)まったく畑違いの職についているが、何らかの理由でキャリアチェンジを志向し、その手段として資格取得を目指した方、(6)知財キャリアを目指しているわけではないが、知財に興味を持ち、知識習得の目安として弁理士試験を受験、くらいのバリエーションがあるかと思います。

知財職のスキル

今年の弁理士法改正で、弁理士は知財の専門家である旨の使命条項が新設されました。

▼改正後の弁理士法第1条

弁理士は、知的財産(知的財産基本法第2条第1項に規定する知的財産をいう。以下この条について同じ)に関する専門家として、知的財産権(同条第2項にいう知的財産権をいう。)の適正な保護及び利用の促進その他の知的財産に係る制度の適正な運用に寄与し、もって経済及び産業の発展に資することを使命とする。

ここでいう知的財産は、知的財産基本法の定義がそのまま用いられており、かなり幅広いものです。

▼知的財産基本法第2条

この法律で「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう。

2 この法律で「知的財産権」とは、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう。

「専門家」と言っても、これほど幅広い「知的財産」の全てにわたってまんべんなくというのは無理があるので、その中でもどこかに自分なりのフォーカスを当てていくことになるでしょう。そして、こうした知的財産に関する業務の中で、弁理士の専権業務の範囲は、改正弁理士法でも変わっていません。

▼弁理士法(現行)

第4条  弁理士は、他人の求めに応じ、特許、実用新案、意匠若しくは商標又は国際出願若しくは国際登録出願に関する特許庁における手続及び特許、実用新案、意匠又は商標に関する異議申立て又は裁定に関する経済産業大臣に対する手続についての代理並びにこれらの手続に係る事項に関する鑑定その他の事務を行うことを業とする。

第75条  弁理士又は特許業務法人でない者は、他人の求めに応じ報酬を得て、特許、実用新案、意匠若しくは商標若しくは国際出願若しくは国際登録出願に関する特許庁における手続若しくは特許、実用新案、意匠若しくは商標に関する異議申立て若しくは裁定に関する経済産業大臣に対する手続についての代理(特許料の納付手続についての代理、特許原簿への登録の申請手続についての代理その他の政令で定めるものを除く。)又はこれらの手続に係る事項に関する鑑定若しくは政令で定める書類若しくは電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他の人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)の作成を業とすることができない。

特許事務所で外部代理人として業務を行うのか、企業内弁理士として勤務先のみを代理するのかによって異なりますが、外部代理人となる可能性を考慮すれば、専権業務のなかで自分の専門分野を持っておくのが王道であろうと思います。

特許系で考えた場合、特許庁に対する手続の代理ということは、特許出願明細書、拒絶理由への応答書類、審判請求書や答弁書・弁駁書といった書類を実際に作成することが業務の中心となります。企業の知財職では、業種にも依りますが、実際の書類作成は外部弁理士に任せ、方針の策定とできあがった書類のチェックのみを行っている場合が多いです。

一方で、特許庁への代理以外の知的財産に関する業務については、その企業の事業範囲に限定されつつも、発明の発掘創出から権利の活用、第三者知財への対応、知財(技術)に関する契約への関わりなど、企業内の知財職の方が幅広い業務を担当しています。このような、対庁書類の実際の作成以外の業務については、企業内の方が多くの経験ができます。これらの大半は、外部弁理士へ依頼することはありませんから、特許事務所で経験することは難しい。一方で、企業の知財部では、実際に明細書を書く訓練をすることはできないことが多いでしょう。

知財部へ異動する

このような大まかな前提を踏まえた上で、では、冒頭の問い、

研究開発部門に在籍中に弁理士試験を受けて合格したのだけれど、この先どうしていくのがいいだろうか

に対する回答はどのようになるでしょうか。

まず考えられるのは、勤務先企業に対して、弁理士試験に合格したことを告げ、この先のキャリアとして知財をやっていきたいからと、知財部への異動希望を出す、ということです。

ここで考える必要があるのは、自分としてはもう研究開発職を続ける気持ちがなくて、今きっぱり知財にキャリアチェンジしたいのかどうかということ。よく言われることですが、研究開発から知財への異動はたいてい片道切符で戻るのは難しい。研究者・開発者に知財の知識をつけさせるために若手のローテーションに入れる場合も、原部門からは1年で戻せなどと無茶を言われます。頑張って2年かな。研究開発職はそれ以上ブランクがあるとリハビリが難しくなり、現役に戻れなくなるようです。マネジャならなんとかなるようですが、それで戻る意味がどれだけあるのかという話にもなりますし。

一方で、研究開発職としての経験は、知財に移動してからも役に立ちます。技術的な素養という点でも、自社の技術や開発動向の歴史や今後を理解しているという点でも、こうした経験を土台にして知財業務にすんなり入って行けます。知財からキャリアを開始する新人に比べると理解の早さはまったく違います。

ということから、研究開発職も面白くてまだ続けて行きたいのであれば、知財への異動は少し後でもいいかもしれません。その間の知識のアップデートは自力でする必要がありますが。

また、企業によって、知財部がどんな仕事をしているのかはまちまちです。発明者としてこれまで接点があったかもしれませんが、全体としてどういうふうに業務が回っているのかは、一度聞いてみた方がよいでしょう。それによって、企業内での知財職が面白いと思えるかどうか、特許事務所へ出たいと思うかどうかの判断材料にするとよいでしょう。

特許事務所に転職する

「弁理士としてのコア業務でやっていける力をつけたい」と思うのであれば、思い切って特許事務所に転職するという手もあります。上述したように、対庁書類の実際の作成ということは、特許事務所でなければほぼできません。そして、このような書く訓練は、一定量をこなす必要があり、一人前にできるようになるには数年かかります。研究開発職で、論文を相当量書いていた方は別として、エンジニアの方はあまり文章を書くことに慣れていませんので、時間がかかると思っていた方がよいでしょう。

一方で、企業知財の経験なく企業から直接特許事務所に出てしまうと、その後企業の知財も経験してみたくて転職しようとしても、なかなか難しいと言う現実があります。企業側としては即戦力を取りたい場合が多く、知財経験が特許事務所だけだと、企業知財での適性は未知数であり、本人のやる気だけでは採用は冒険になります。また、ある程度の年齢になってくると、企業側はマネジャ層になってくるため、社内の人事制度との兼ね合いで採りにくいといった事情もあります。

お勧めは?

以上を考えると、今すぐ知財キャリアに舵を切るのであれば、こんな感じでしょうか。

  1. まずは自社の知財部へ異動させてもらい、一通りの企業知財実務を経験しつつ、弁理士としての知識もアップデートしていく。
  2. 一通り経験し、やはり書類の作成実務もやってみたいのであれば、ここで特許事務所に転職する(企業によっては、特許事務所に出向させるプログラムをもっているところもあります。この場合は転職の必要なく書く訓練を積むことができますね)。
  3. 特許事務所で数年実務をやってみて、自分がどちらでキャリアを積んでいきたいのか見極める。
  4. それによって、再び企業知財に戻るも良し、そのまま特許事務所でどんどん経験を積むのも良し。

できれば30台のうちに1~4ができると選択肢が広がります。採用する側も採りやすいというか。

企業によっては、研究開発職からなかなか(すぐには)知財へ異動させてくれないというところもあります。その場合、研究開発に見切りをつけてしまっているのでなければしばらく時機を見るのがよいだろうと思います。いったん外に出てしまうとなかなか戻るのは難しいですから。

とはいえ、会社として弁理士を取ったからといって異動は全く認めないポリシーというところもありますので、そうなると、どこかで転職せざるを得なくなりますね。

研究開発をまだ続けたい場合は、じっくり気が済むまで続けてもらい(発明者は大事です)、堪能してから知財へ異動するなり、そのまま知財の知識を高めつつ研究開発部門で仕事を全うするなりすればよいと思います。但し、この場合には、それなりに年齢を重ねることになりますので、その企業から外に出て代理人業をする、というのはあまり選択肢に入ってこなくなります。