天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

校正記号を使って推敲する

先週、藤井太洋さんの講演録を読みました。

その中に、推敲についての話がありました。以下、引用します。

独立作家にはゼロ号読者である編集者がいませんので 、自分自身で読む必要があります 。そのときに少しでも書いた記憶を追い出すために 、別のフォ ーマットに変えてしまうのは効果的です 。私は横書きのエディタ ーで書いて 、縦書きで印刷して 、紙の上で赤ペンを持ってやることにしています 。エディタ ーの中で書き直しながらの推敲は本当によくないので止めましょう 。どんどん消えていきますので 、どこを変えたかがわからない 。どれくらい良くなったかがわからないです 。

 

私の赤字はこんな感じです (写真略)。私はプリントアウトしたものにひたすら赤ペンを入れて行きます 。

私は D T Pの職場にいたことがあるので 、校正記号を使っています 。

校正記号はよくできていると思います 。慣れると校正記号だけを追って修正された文章を読むことができるようになります 。 消した元の文章が残っているので 、良くなっているのか悪くなっているのかが一目瞭然であるというのが 、わかるかと思います 。紙はこういうときにいいですね 。毎日大量の紙を出力してやっています 。

私の場合、紙媒体に載る文章を推敲するときは、印刷して赤入れをする方式です。(ちなみにブログの文章ではやりません。あまり長くないことと、読まれるのが画面上なので、プレビュー画面を見ながら修正して更新する形です。)

で、紙に印刷して赤を入れをする場合です。初めの方はきっちり入れていきますが、段々修正が増えてくると途中で見にくくなってしまい、業を煮やして最後まで到達しないうちにエディタに戻って修正してしまうことが多いのです。これをやると、どこまで修正したのかが分かりにくい(1つの原稿の中にバージョンが混在するようになってしまう)ので、あまり好ましくないと思いつつ、我慢できなくてそうなってしまっていました。

また、自分の原稿ではなく、他人の書いたものに赤入れすることもよくあります。典型的なのは特許明細書の原稿ですが、報告書や決裁書類の原稿にも赤入れします。推敲というより添削ですね。この場合も、印刷物に赤を入れます。軽微な修正なら書き込んでいけば済むのですが、大量だったりすると、書き込むところが不足したり、訳が分からなくなってしまったりして、「データ下さい。修正履歴つきで直します」となってしまいます。

他人の文章を添削したときは、データを直接修正するよりも、手で直したものを渡して説明し、本人に手を動かして修正してもらった方がずっと実になります。書写の効用に似たところがあります。なので、できるだけ紙の状態で分かるように修正して渡したい思いがあります。

ということで、上記引用部分を読んで、では、校正記号を使ってみようと思い立ちました。ルールに則って修正していけば、最後まで紙の上で校正ができるのではないかと期待しています。そこで、手元に置くレファレンスとして早速購入したのがこちらです。