天職の舞台裏

天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

私的別姓ばなし その7|日本で子持ち事実婚生活

帰国にあたって

2001年11月に5年強滞在したカナダから帰国しました。帰国当時、息子1号は5歳になったばかり、息子2号は1歳3ヶ月でした。私が仕事に復帰したくて帰国をせっついた面もあり、フルタイム復帰をするつもりでしたので、それを前提に住居や保育園の選定を帰国前から進めていました。実際の帰国前に夫は一時帰国していましたが、私は無理だったので、オンラインで情報収集しつつ、夫や実家・妹にお願いして書類の取り寄せや保育園の申し込みも行いました。

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モントリオールで5年以上を過ごすうちに、私たちにとっては事実婚状態が普通になっており、帰国に際して改めて法律婚を検討するといったことはしませんでした。今にして思うと、そのあたりの感覚は日本に住んでいた時と比べて鈍くなっていたと思います。

住居の契約は夫の名前で行いましたから、ここでは特に家族の名前がどうという話にはなりません。転入の届を出す時には、続柄を妻(未届)としたところ、近々届を提出する予定がないのに未届はおかしいなどと難色を示されましたが押し切りました。

保育園の申し込みには別姓で家族の名前を書いていますが特にそれで家族関係が問題になるわけでもなく、事実として子の扶養は明らかで、就労の予定も決まっており、保育所入所の要件となる「保育に欠ける」状態も明白だったので、問題視されることも、もっと言えば珍しがられたりすることもありませんでした。

帰国に先立ち、4月には弁理士の再登録をしています。この時にはおそらく通称使用を正式に認める運用が開始されていたと思うのですが、定かではありません。通称使用を選択するのであれば、そうした手続をしたのでしょうが、既に眼中にありませんでした。いま確認すると、変更届の中に氏名の変更もあり、そのサブ項目として、旧姓を使用する・しないの選択があります。また、名簿に戸籍姓を記載するかしないかの選択肢もあります。旧姓使用を選択肢、名簿にも戸籍姓を記載しなければ、それと知られず通称使用状態を維持できるということですね。

なにしろ事実婚状態がもう10年近いのです。姓にまつわるストレスは確実に事実婚の方が少なく快適ですからほとんど戻るという発想がありませんでした。

保育園にて

当初は人数の関係から兄弟で2箇所に通園(但し分園のため経営母体は同じ)で不便ではありましたが、12月という半端な時期に0歳児クラスに受け入れてもらえたのは恵まれていました。学区内で自宅からも小学校を挟んで反対側とはいえ程近く、共同保育所から認可保育園という歴史からか、とても面倒見が良く、ありがたい保育園でした。ありのままを受け入れて共に育つというカラーがあり、保護者としての活動に慣れてきて判明すると、色々な家庭の事情があり、別姓夫婦も事実婚夫婦もそれほど珍しくないようでした。

なにより、保育園では子どもが中心なので、「〇〇くんのママ」に集約されてしまうことが多いので、姓はあまり気にならないという側面があります。とはいえ、保護者同士では名字で呼び合うことも多く、その際は子どもの姓が親の姓と思われるため、息子1号のクラスでは私の姓で呼ばれ、息子2号のクラスでは夫の姓で呼ばれるのが通常となりました。両方に兄弟がいる家庭も複数あって、戸惑われてしまいましたが、そこはそれほど気にしておらず、『どちらでもいいです〜』と言っていました。ただ、息子1号の在園は1年強、その後も息子2号は4年間いましたから、保育園は夫の姓での方が通りが良くなりましたね。

保育園では、子どもたちの持ち物などを識別するために、マークを使います。入園のときに、好きなマークを決めて卒園まで使い続けます。ロッカーに貼ったり、ノートに貼ったり。衣類には中々書けないので(こちらが難しい)、名前を書きますけど。息子1号は消防車、息子2号はキリンのマークを使っていました。

保育園では子どもたちは名前以外では呼ばれませんし、名札もなく、持ち物やロッカーなどにはマークが使われているため、名字を目にすることもありません。彼らの姓との出会いは小学校に入学してからとなりました。

保護者の活動が盛んな保育園で、夏祭りやバザー、運動会の出しものなど、父母の出番が多くありました。こうした話し合いやローテーション表などの書類の上では、父親と母親を姓母または姓父として識別していました。そこで使われていたのは子どもの姓で、そうでないと分かりにくくなってしまうという事情があったように思います。このため、別姓夫婦だったことを後から知ったにもかかわらず、子どもと違う姓を持つ親の姓を中々覚えられませんでした。お互いさまなんですが、普段は気にしているのに保育園関係ではほぼ気にならなかったのは自分が中心でなく子どもが中心にいるからなのでしょう。

小学校〜中学校

入学時に大量の書類を提出しますが、家族関係を記入する児童個票などの記載例が家族にはいちいち姓を繰り返し書かない仕様になっていて、なんだかなぁと思った覚えがあります。おかげで書く欄狭いですし。ここから作られるクラスの保護者名簿(PTAの委員決めとかに使われる)にはそもそも姓の欄がありませんでした。子どもの氏名、父親の名前、母親の名前となっています。書類は別姓で書いていますが、抽出の仕方が名前だけではどうしようもありません。

面白かったのは、交通当番の一覧表も子どもの氏名と保護者=父親の名前方式だったのですが、息子1号のときに作成されたため、息子1号の姓(私の姓)に夫のフルネームが組み合わせて書かれていてまるでミドルネームのような仕様になっていました。

子どもの名付けをするときに、名字でなくて名前で呼ばれやすいようにということを念頭に置きました。その甲斐あってか、息子たちはこれまでほぼ名前で呼ばれて来ています。友達関係はもちろん、先生からも名前で呼ばれることが多かったようです。呼びやすさは重要ですね。ということで、小学校以降の呼び名でもあまり姓は登場してくる頻度が少なかったと思います。

住んでいる地域は昔ながらの土地柄で、二世代、三世代住み続けている方も珍しくありません。小学校はそれほど規模も大きくなく、伝統的に1学年3クラス、学校全体で1000人弱でした。このくらいの規模だと、子どもたちも同学年は全員が知り合いで、上下の学年もかなり顔と名前、兄弟関係を把握しています。息子1号と息子2号は4学年離れており、同時に通学していたのは2年間だけですが、それでも兄弟であることは広く知られていましたし、息子1号がいる頃から在籍している先生方にも知られている感じでした。すると、息子1号と息子2号は兄弟であることが知られており、別姓であることも知られては行きましたが、あまり気にされることもなかったようです。子どもたちに聞いた話を以前書いたことがありますが、親が別姓だからで話は終了のようでした。

地味に不便だったのは、体操服の記名やネーム入れ(刺繍)が使いまわせないことでした。息子2号が全く気にしないので、息子1号の姓が記名された体操服をそのままお下がりで着せていたこともあります。さすがに中学校で使っていた体操服のネーム入れはやり直しましたが、刺繍の縫取りを外すのは手間がかかりました(入れる方はプロがやってくれました)。

学校に提出する書類は、入学時や進級時に限らず随時あります。保護者の名前や印が必要な書類も多いですが、息子1号の場合も息子2号の場合も概ね私が書類を記入しており、私の氏名で私の印を押しています。私の不在時に夫が記入するときも同様で、自分の氏名で印を押しています。元々学校には保護者を届出ていますので、そこで問題になることはないわけですが、学校側も名前がどうというより両親=保護者として認識しているようでした。ちなみに法律的には親権者は息子1号についても息子2号についても私の単独親権状態が続いているのですが、そんなものが登場する局面はおそらく紛争時だけでしょう。まったく気にして来ませんでしたしそれでOKでした。

家族との軋轢

帰国後しばらくしてから帰国記念に双方の両親を自宅に呼んで会合をしました。自宅には表札として、夫の姓と私の姓を並べたものを出していたところ(そうでないと郵便物が不便ですからね)、夫の両親から「どういうことだ?」と問われました。

カナダぼけというのか、すっかり感覚が鈍くなっていたのですが、そういえば、結婚を決めた頃は通称使用でいくということで両親とは合意していたのでした。

既に結婚してから10年経っており、事実としての積み上げもあります。法律婚をしていようといまいとそこは変わらないではないか、というのがこちらの言い分でしたが、夫両親にとってはそうではないようで、法律が定めていることを守らないというのは受け入れられないということで並行線のままでした。

何度か話し合いの場を持ったのですが、歩み寄る線が見いだせず、これは通称使用に戻るしかないかなぁと内心覚悟したのですが、夫の方が怒ってしまい、売り言葉・買い言葉もあったのでしょうが、結果として自分たちのやりたいようにやると宣言し、両親とは絶縁状態になってしまいました。

法律として別姓が認められればそれは問題なく受け入れると言うことだったので、民主党政権になったときには期待したものですが、敢えなく廃案。なかなかままなりません。

結局、さらに約10年経って両親とは和解し、普通に会うになりました。以前に書いた記事の中で、家族との関係が最も難しいというのはこういった実体験に基づいています。もっとうまくやった方が良かったのか、これでよかったのかまだ評価できるほど時間が経っていないというのが実感です。

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