天職の舞台裏

天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

意図を伝える方法

電話が苦手です。

その昔、仕事を始めた頃は、まだ電子メールというものがなく、伝える手段は、面談・書簡・Fax・電話でした。かかる時間と手間を考えると、軽めの/急ぎの用を足すには電話に依ることが多く、特にこちらから意図を伝えるために電話をかけなければならないときには酷く緊張し、話すべきことをメモしてそれを見ながらかけているにも関わらず伝え忘れることが頻繁に発生してガックリすることがよくありました。

相手の顔を見ながら話せばよい面談の場合は、電話より随分マシなのですが、それでも、話の運びが自分の想定から外れてしまったりすると、やはり伝え忘れることは発生してしまいがちで、フォローに迫られることがよくあります。

結局フォローするには(再度)電話をかける必要があり、さらに苦手感が募って苦しい、という循環に陥るわけです。

これが、電子メールが登場して以来、意図を伝えるにもフォローするにもメールに依ればよいことになり、もの凄く楽になりました。最近では、仕事でなくプライベートでも、電話に依らずテキストでメッセージを送ればよいことが大半になり、さらに楽になっています。出す前にも出してからも見返せるので非常に安心。反面、メッセージが送れない、電話しか手段のない人(ほぼ親関係に限られますね・・・)に対しては、相手が誰であれ、やっぱり苦手感があります。

f:id:senri4000:20171119145856j:plain

さて、今週は某所の合宿に出かけておりまして、会議の後の宴会で、来年度の体制の話、自分の参加の可否の話を何人かの人と話していました。自分でも考えがうまく纏まっておらず、また、相手の出方によって自分のオプションが変わるような気もしていて、事前に何度か考えたものの結論が出なくて、話をする機会を待っていたところもありました。

しかし、延々四次会まで飲みながらグダグダ話したのですが、どうも互いに牽制し合うようなところもあり、意図を測りかねて思い切った発言ができないところもあり、なんだか消化不良というか、すっきりしないまま終わりを迎え、翌日頭痛と共に帰ることになりました(2日酔いと寝不足の両方ですね・・・)。

帰りの電車の中で頭痛に悩まされつつ、うつらうつらしつつ考え続け、一定の方向が見えてきたような気がしたので、帰宅してからメールにしたためることにしました。書き出してみると、自分の考えを整理することもでき、割と覚悟をもって言い切ることもできるようになっていることに気がついたりもしました。

自分の中で、電話や面談で意図を伝えることがなぜあまり上手くできないのか、何度考えても結論が出ないのですが、メールが一番上手く行くのははっきりしています。このブログの書き方にも通じるところがあるのですが、その理由は、挙げてみると以下のようになるでしょうか。

  • 見返しながら、考えを整理でき、最適な表現を選ぶことができる。
  • 理由をしっかり述べながら説明できる。
  • より受け入れられやすいように、話の順序を入れ替えることができる。
  • ある程度軟らかく、構造化し過ぎないように書け、遊びも入れることができる。

こうしてみると、視覚的になっていない状態で考えを整理するのが苦手ということなのかもしれません。頭の中だけで順序立てたり、整合性をとったりするのは難しい。面談時には、ホワイトボードに箇条書き・図示しながら進めることがありますが、これができると随分マシです。電話は視覚に頼れないので一番キツいということなのかな?資料を事前に共有する電話会議などはよいのですが、もっと軽めのそこまでしないような電話が一番困る、という、あまり一般的でない傾向になりますね。

そして、最も困るのは、電話や面談で話すのが苦手と言うと、誰もが驚いて

そんな風には全然見えません!

とおっしゃることですね(嘆息)。もっとも、苦手なのは、こちらから伝えたいことがある場合の話で、先方に意図があり、それを受ければよいだけの場合はずっと度合いが軽くなります。とはいえ、その場で質問に答え切れず、フォローが必要になり、やっぱりメールする(電話をかけ直したりはしない)ことは多いのですが。