天職の舞台裏

天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

オケ活動を手放す

大学で始めた楽器(Viola)とオーケストラ。所属団体をいくつか変遷し、何度も長期のお休みを経て、2010年からは、知人が参加していた縁で、年1回(2月~4月)の演奏会に向けて、夏の終わりから半年強活動するアマチュアオーケストラに参加してきました。

昨年の株主総会まつりによって、2018年3月の演奏会の参加を見送ったものの、自分としてはこれはあくまで非常事態モードであって、今年は復活するつもりでいました。が、ここへ来て、やっぱり時間が足らないというか、オケの活動とその基礎になる個人練習に割ける自分のリソースが捻出できない。

オーケストラは多くの楽器=多くの人で音楽を作り上げる楽しみがあり、それまで個人楽器(ピアノ)しか知らなかった自分にとって素晴らしい経験でした。個別の楽器の腕前がそこそこでも、指導者によって演奏レベルが大きく伸ばされて素晴らしい出来映えになるという経験も何度もしており、本番もさることながら、練習での音・曲を作り上げていくプロセスがとても楽しいものでした。

一方で、曲を作り上げるプロセスに主体的に貢献するためには、自らの演奏技量がそれなりのレベルにあることも必要で、演奏会の曲だけではない、基礎的な練習や他の曲の練習などによる演奏技術の向上も要請されます。その方がより全体練習を楽しむことができるし、余裕があるので弾けないことによる緊張感や疲労感も低減されます。

と、理解していつつも、仕事をはじめとする他のタスク(≒やりたいこと)との兼ね合いで、どうしてもそこまで楽器とオケにコミットすることができない。音作りのプロセスはとても楽しいのだけれど、それが私の人生にとって一番かけがえのないもの、という程の位置づけではないし、同じくらい大切なものは他にもいくつもあるのです。

そんなわけで、コミットレベル低めに押えつつ楽しみだけ頂こうというフリーライドな参加の仕方でここ数年やってきていたのですが、それだってさすがに全体練習の場でだけ譜面を見たら弾いて楽しめるという訳にはいかず、毎日小一時間程度は練習時間を確保して臨む必要があります。それ自体が楽しめればよいのでしょうが、そこまで楽しくもなく、私にとっては「なくても支障のない時間」という位置づけになります(なにしろこの1年一度も楽器ケース開けてませんし)。

一方で、今も一番やりたいインプット活動は、日々のタスクに押し流されてスキップされてしまうこともありがちで、ここに練習が加わったらなおさら1日30分のインプット・読書を確保することも辛くなるだろうな、というのが見えてしまう。

仕事に直結するインプットも、仕事の幅を拡げるインプットも、一見関係が薄そうでも面白そうな領域のインプットも、全然関係ないけど知的好奇心が刺激されるインプットも、もっとやりたいんですよ、私。全然足りてなくて、仕事に押し流されそうになることもしばしばで、かなり不満。

ということで、散々迷った挙げ句、コーチングセッションで相談して、やっぱり止めた方がいいね、という結論になったのでした。オケ。

これまでも止めた方がいいかもな、と思いつつ止められなかったのは、もちろん音作りのプロセスがとても楽しいということはあるのだけれど、私が楽しいのはその一点なので、自分で楽器を弾くだけでは得られず、活動の場としてのオーケストラ=団体が必須なので、受け入れてくれるところがあるうちは繋いでおきたいという思いが強かったからなんですよね。私の腕前で、オーディション受けて正面から入れるアマオケってなさそうで(自己評価低い)。

仕方ない、この先の人生でもう得られない楽しみになりそうだけど、これまで何度も楽しませてもらったし、聴くだけでない作る楽しみの経験をさせてもらえて、ゾクゾクする経験が何度もできてありがとう。思い出にして大切にしまっておきたいと思います。

そろそろ2月の演奏会に向けて練習が始まる時期ということで、まったなし。途中で抜けると人数の算段が狂って迷惑をかけますからね。パートリーダーにメールで辞めます宣言を送りました。

それにしても、「趣味は何ですか?」「オーケストラでヴィオラを弾いてます」という一言で済まなくなるのが一番残念だったりしています。会話の流れとして便利なんですよねぇ。誰もが納得する趣味っぽい活動って。