天職の舞台裏

天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

思考と実践

自己メンテナンスのためのルールを考えていく中で、というか、セッションの中で、「平日は実践の場である」という言葉がするっと出てきました。確かにそうです。それは自分の中でしっくり来ます。そこで、次にくる問いとしては、1) 平日と対になる休日は何なのか。2) 実践って何の? となります。これらを考えていく中でルールの軸ができあがるだろうと想定し、ずっと考えていました。

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「平日は実践の場である」ということ

平日はほとんどの時間を仕事に使っていますので、仕事の場で実践をしているということになるかと思います。当事者として実践する仕事をしているということになるかな。そういう意味で、特許事務所から事業会社に戻ってきたということはあります。当事者として実務をしたい。外部の助言者ではなく、中の人でありたい。実践する現場を持つことの情熱。

実践というのは色々な面でのものを含んでいて、たとえばセミナーなどで仕入れたことをやってみる、という割とストレートな実践もあるでしょうし、自分で考えたことをやってみるというのも実践でしょう。以前、「理解と定着と応用」という記事を書きましたが、応用する・適用する現場を持っているということですね。そういう意味では、場を持っているために実践に迫られているとも言えるのかもしれません。

実践の場があるということから、すなわち平日は、実践の時間であるともいえると思います。

では休日は?

平日が実践であるとすると、対となる休日は何でしょうか。実践の対義語は何?

「理論と実践」というフレーズはよく聞きますので、一般的に実践の対義語は「理論」なのでしょう。とはいえ、「理論」とすると、体系として出来上がっているものをイメージしますので、この文脈で使うには違和感が。

精選版日本語大辞典によれば、「実践」とは、

(1)考えを実際に行うこと。自分で実地に行い、行為、動作に表すこと。実行。
(2)(イ)理論に対して、行為、行動、態度など。
(ロ)人間が行動によって周囲の世界に働きかけて環境を意識的に変化させること。この意味での実践の基本的形態は物質的生産活動であり、さらに階級闘争、科学上の実験なども含まれ、認識または理論は実践に照らして検証される。たとえばマルクス主義の実践、またプラグマティズムの実践など

ここで私の平日の「実践」は、上記(1)の「考えを実際に行うこと」に一番ぴったりきます。とすると、実践の対となるのは、「考えること」「思考」かな、と思いました。

ということで、私の休日は「思考の場・思考の時間である」ということになろうかと思います。

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なにを思考するのか?

「実践」ってなんの?と考えたときに、まず思いついたのは、「ライフワークの実践」というフレーズでした。次に「え?私のライフワークって何?」だったんですけれども(苦笑)。

「ライフワーク」については、野望も含めて、いくつかやりたいことはあるものの、それってその内容を目指しているというわけでもないみたい、というのが最近思うことで、内容に関わらず、自分のなにかに引っかかる(気になる)ことについて、調べる、考える、整理する、まとめて表現する、実践して確かめる、それをフィードバックして考えるに戻す、といったプロセスをやりたいということなのかな、と思います。

とはいえ、一連のプロセスのきっかけになる、「自分の何かに引っかかる」というのの基準があまりよく見えていないので、そのように思うのかもしれない、という留保はつけておきます。いまのところ、本質的でないと思われることにはひっかかることが多いですが、あらゆる分野でそう思うかというとそんなことはないので、気になる分野・領域というのはあるのだと思います。とはいえ、たとえばSDGsの17の目標を眺めていても、この目標に強く惹かれるというものはない。そのうち明らかになるかもしれないし、やっぱりそんなものはないのかもしれません。現時点ではあまりこだわらないでおきます。

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なお、今現在の最も強い関心をキャッチフレーズ的に表現すると、「本質的で最適なバックオフィスを(あらゆる)組織に」となります。組織の目的を仕組みに落とし込んで支えるバックオフィス。それを構成する人も本質的で最適な働き方をしている状態ですね。という感じなので、組織の目的自体にはあまり興味がないというか、正直なんでも良いんじゃないかなぁ、という気がしています。

思考の休日にやりたいこと

これまで、休日に何がやりたいのかについて、あまり明確になっていませんでした。例えば、環境整備や家事など、平日にやりきれなかったことをやる、というのはありがち・やりがちですが、それができたからといってさほど満足度が高まるわけではありません。こうしたタスクって、やりだすときりがないというのもありまして、どうしてもやりたいことの方が積みあがりがちです。

反面、休日だからということで時間の使い方も平日よりのんびりしがちで、気がつくと予定時間をオーバーしていたり、思いついたことをその場で実行してしまって脱線はなはだしく戻るのに時間がかかったりすることもよくあります。

ということで、「これじゃない」感が高いことが多かったのでした。

で、一連の考えを進める中で、「休日は思考の時間」と軸を明確にしてみたら、優先順位がくっきりしたらしく、迷いがなくなりました。思考のためのタスク(インプットすること、調べること、整理して書くこと)を第一にし、これを支えるタスク(頭をクリアにするために運動するとか家事をするとか)を適宜織り交ぜるのが最適、ということで自動的に定まるように。

もちろん、休日でないとできないこと(布団を干すとか)や、休日のほうがやりやすいこと(買い物に出る・イベントに参加する)はありますので、これしかやらないと決めてしまうわけではないのですが、やりたいことをはっきりさせると、ほかのことをやりきれなくても後悔が少ないというのが発見です。気の持ちようで変わるということですね。面白いな。

すると、さらに進んで、平日との配分を見直そうという機運も高まったりするわけですね。考える時間をガッツリ取るために、平日に家事をもう少ししておこうとか、仕事以外の実践についても平日に回そうとか考えたりしております。