天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

私的別姓ばなし その8|現在そしてこれから

ここまで書いてきたように、25年ほどの結婚生活をずっと別姓で過ごしてきました。そのうち法律婚をして通称使用をしていた期間は2年に満たない期間に過ぎません。何度かその後法律婚を考える機会はありましたが、できるだけ事実婚のままで継続しようとしてきました。

このような方向で歩んできたのは、結婚しても互いに生来の姓を変えないでいるためには事実婚の方が生きやすい、快適だと考えているからです。婚姻制度がどうであれ、私は自分の生来の姓が自分のものだと思っていますし、それを何処でもどんな局面でも使っていきたい。自分の生来姓でないものを自分で名乗りたくないし記名もしたくない。

婚姻届を出して改姓した場合、生来の姓を公的に証明するものがなくなりますので、これを貫くのは注意が要りますしストレスもかかります。日常生活を送る分には殆どOKなのですが、トラブルに遭遇したときには公的証明が必要になることが多いでしょうし、パスポートが戸籍と連動するため、航空機の予約を旧姓でするのは難しいでしょう。パスポートへの旧姓併記はとてもハードルが高いと聞いていますが、これが実現した場合にどの程度まで旧姓使用でいけるのかはよく分かりません。

このように、生来姓を徹底して使いたい場合には長期間の通称使用はあまり現実的ではないように思います。配偶者であることの証明が必要なときに婚姻届を出したり、生来姓での証明が必要になったときに離婚届を出すなど、必要に応じてペーパー離再婚をするのがスムーズではないかと。

一方、事実婚の場合には、生来姓を使う上での障害は全くありませんので何の問題もありませんが、逆に夫婦であることを証明するものがありませんので、これに起因する不便はあります。こちらも、元気でトラブルなく普通に暮らしていれば概ねOKではありますが、何か起こったときには法律婚と比べて不利であったり、面倒であったりすることがあります。これらは事前に(契約や遺言書などで)手当をしておけば対応できるものもあれば、どうしようもないもの(税金など)もあります。

事実婚が不便な点

昨年、書店の法律関連コーナーをぶらついていて、以下の書籍を見つけて購入しました。

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こちらの本では、事実婚を選んだ場合の注意点を弁護士、税理士、社会保険労務士、ファイナンシャルプランナーの方がそれぞれの専門知識に基づいて執筆されており、網羅的な記載となっています。ネットで調べられることであっても1冊に纏まっていることの意義は大きく、手元に置いておきたい1冊です。

この本を見ながら自分にとって事実婚が不便な点を改めて考えてみました。

親権

法律婚をしていないと、子の親権者は共同にすることができず、どちらか一方が親権を持つことになります。我が家の場合は、特にアクションしなかったため、息子たち二人とも出生時から私が親権者のままです。

親権者は法定代理人であるため、子どもの名義での契約(比較的大きいものでは携帯電話の契約、小さいものではスキーのレンタルとかスクールの申込みとか)や、同意(手術への同意とか)の場合に登場しますが、法律婚だろうが事実婚だろうが両親であることは変わりなく、現場では私も夫も保護者として署名を行ってきました。特にトラブルにならなければそのまま通ってしまいます。幸いこれまでなにも起こらずにきましたが、トラブルになったとしても、おそらく追認すればOKだったと思います。

今年息子1号が成人になります。こうした心配ももうあとわずかですね。

生命保険

生命保険の死亡保険金受取人は、(保険会社によるようですが)事実婚のパートナーを認めていないことがほとんどです。私が結婚前から入っていた生命保険もそうでした。ということで、結婚してからも受取人は両親のままでしばらく放置。子どもが生まれてからは、子どもに変更しました。

また、医療保険の給付金請求は、本人が請求するのが通常ですが、本人が意識不明で請求できないなどの事情がある場合には、あらかじめ定めていた「指定代理請求人」が給付金の請求をすることができます。この指定代理請求人も、事実婚のパートナーを指定することはできません。ということで、まだ指定代理請求人が実母のままの保険契約があったり、指定代理請求人を指定していない保険契約があったりします。さすがに実母も年老いてきましたし、息子1号が成人したタイミングで息子に変更しようかと考えています。

相互の代理

金融機関での相手の口座の取り扱い、書留などを郵便局へ出向いて受け取る場合など、日常的に法律婚の夫婦であれば気軽に代理して行えることですが、事実婚の場合、認められないことが多いです。自分の身分証明書(免許証など)で相手との関係が証明できないため、委任状を求められます。よく考えると、法律婚の場合は姓が同じなので配偶者だと推測できるだけで法律上の配偶者であることの証明にはなっていないと思いますが、事実婚の場合は姓が異なるため、その推測が働かず、そこでストップです。

こうした手軽な代理ができないのは不便ではありますが、本人が元気なら自分でやればよいだけで特に支障があるわけではありません。問題は、本人が自分でできない事態に陥ったときですね。入院や手術の同意書を筆頭に、自分で動きづらいときに各種の手続は代理して行ってもらえた方が便利です。介護施設の申込みも、場合によっては面倒なことがあるようです。これらの包括的な代理権をあらかじめ契約で作っておくことがどの程度有効なのかは今後検討しておいた方がいい気がしています。

この延長上に、成年後見制度の利用がありますが、後見の申立人には事実婚のパートナーではなれないようです。任意の後見契約をあらかじめ結んでおくなどの手当をそろそろ考えた方がよいかもしれません。

相続

事実婚では互いの相続人になりません。遺言がない場合、子どもがいれば、子どもにすべて相続権がある形になります。知り合いの事実婚夫婦の夫さんが急逝された後に聞いたところでは、夫さんの名義で所有されていた車は娘さん(中学生)に相続され、娘さんの所有物を母親が使用している形になっているとのことでした。子どもを介することで支障ない形になっているものの、なんだかなぁ、という感じではあります。

特に不動産を共有しているような場合には、遺言書は必須でしょうね。私の場合は賃貸なのでその心配はしなくてよいですが、賃貸契約の名義も夫なので、その辺は考えておいた方がいいのかもしれません。車も夫の名義ですし。こうした相続財産候補について網羅的に遺言書で手当てしようとするとけっこう大変そうです。

税金

社会保険と対照的で、税制は事実婚に大変厳しく、法律婚と同様の利益を受けることが一切できない形となっています。どこで線を引くかで、税収の多い方に線を引いているのだろうと思います。。

所得税は、よく知られているように、配偶者控除が受けられませんが、共働きフルタイムで働いている分には影響はありません。

最も影響が大きいのはやはり相続税ですね。相続税の課税基準が昨年から大きく引き下げられて3600万円となったため、庶民には全く関係ない、とばかりも言っていられなくなりそうです。そして、法律上の配偶者には税額の軽減が1億6千万円までありますが、事実婚で遺贈を受けた場合にはまったく適用されず、さらに、相続税は2割増しになるとのことです。遺贈しても相続税貧乏になるのでは意味がないので、遺贈した方がいいのかどうかから考える必要がありそうです。このために婚姻届を出すという裏技?も合わせて考える必要があるのかも。

これからについて

現在のところ、健康で、家族円満に暮らしていますから、現在の事実婚・夫婦別姓状態で快適です。子どもたちについても、手を離れる時期が近づいており、大過なく成人を迎えさせることができそうです。

とはいえ、年齢も重ねてきていますので、この状態が不安定になってきたときのこともそろそろ真剣に考えて実行する時期に来ている気がします。おそらく、子どもが成人した後は、すべて子ども経由で考えれば家族として対応ができるのだと思いますが、それも迂遠で不便な気がしますので、できるだけ自然な形で実現する方法を考えていきたいと思います。

それにしても、選択的夫婦別姓の法制化は実現しないのでしょうかね。以下に、夫婦別姓最高裁判決(昨年12月16日)内の岡部裁判官意見の一部を引用しておきます。

氏は名との複合によって個人識別の記号とされているのであるが,単 なる記号にとどまるものではない。氏は身分関係の変動によって変動することから 身分関係に内在する血縁ないし家族,民族,出身地等当該個人の背景や属性等を含 むものであり,氏を変更した一方はいわゆるアイデンティティを失ったような喪失 感を持つに至ることもあり得るといえる。そして,現実に96%を超える夫婦が夫 の氏を称する婚姻をしているところからすると,近時大きなものとなってきた上記 の個人識別機能に対する支障,自己喪失感などの負担は,ほぼ妻について生じてい るといえる。夫の氏を称することは夫婦となろうとする者双方の協議によるもので あるが,96%もの多数が夫の氏を称することは,女性の社会的経済的な立場の弱 さ,家庭生活における立場の弱さ,種々の事実上の圧力など様々な要因のもたらす ところであるといえるのであって,夫の氏を称することが妻の意思に基づくもので あるとしても,その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しているのであ る。そうすると,その点の配慮をしないまま夫婦同氏に例外を設けないことは,多 くの場合妻となった者のみが個人の尊厳の基礎である個人識別機能を損ねられ,ま た,自己喪失感といった負担を負うこととなり,個人の尊厳と両性の本質的平等に 立脚した制度とはいえない。

そして,氏を改めることにより生ずる上記のような個人識別機能への支障, 自己喪失感などの負担が大きくなってきているため,現在では,夫婦となろうとす る者のいずれかがこれらの不利益を受けることを避けるためにあえて法律上の婚姻 をしないという選択をする者を生んでいる。 本件規定は,婚姻の効力の一つとして夫婦が夫又は妻の氏を称することを定めた ものである。しかし,婚姻は,戸籍法の定めるところにより,これを届け出ること によってその効力を生ずるとされ(民法739条1項),夫婦が称する氏は婚姻届 の必要的記載事項である(戸籍法74条1号)。したがって,現時点においては, 夫婦が称する氏を選択しなければならないことは,婚姻成立に不合理な要件を課し たものとして婚姻の自由を制約するものである。

最後に

この先どういう形をとっていくか固く決めているわけではありませんが、これからも、生来の姓を使い続けて生きていくと思います。

以上で、いったん個人史としての別姓ばなしを終えます。お読み頂きありがとうございました。これまでの記事は、カテゴリ「別姓」からお読み頂くことができます。