天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

自分で資料を作る意味

自分の手で資料を作成して報告するよりも、部下が作った資料をその部下に報告してもらって承認する機会の方が多くなっています。定型報告などは、自分が作って何年か運用してきたものを部下に任せて更新してもらうことも増えてきました。

とはいえ、時には自分で作って役員会などに報告することを求められることがあります。

資料を作る前は、なんだか状況が混沌としていたり、色々な人が色々なことを言ったりしてあらぬ方向に向かいそうになるのを止めるのが大変で、報告することも「こりゃ大変だ」という気持ちになっていることが多いのです。

これは、私のお役目が、内部統制だったりコンプライアンスだったりするため、好き勝手言う人にブレーキをかけたり手綱を締めたりする役回りになりがちだからですけれど。

ともあれ、そんな状況で資料をゼロから作り始めたのですが、案外サクッとまとまってしまい、

あれ?大変そうに思ってたんだけど。なんか大きなことを忘れてたりしないのかしら?

と自分で戸惑いました。関係者に見てもらってますが、異論ありませんと返ってくるし。。

ここで、以前、質問に答えるよりもストラクチャーに落とし込む方が得意だ、という記事を書いたことがあるのを思い出しました。

backstage.senri4000.com

おそらく、自ら資料を作ると言うことは、ストラクチャーに落とし込む作業であるため、自然に頭が整理されるということなのでしょう。そして、これって作り始めないとどんな形になって結局どういうことなのか、というところが自分でも事前には分からないのですよね。手を動かすしかない。

時節柄?、AIに資料を作ってもらって時短という系統の話をよく見かけるのですが、私の場合、自分で手を動かして資料を作った方が、(今のところは)自分の頭の整理が進むので、しばらくはAIに任せるのはやめておこうと思います。

最近職場でChatGPTのトライアルが始まっていて、仕事上のディスカッションパートナーとして堂々と?使えるようになったので重宝しているのですが、ひとまずは、自分の場合はこの使い方(壁打ちの相手)が一番合っているな、というのは変わりませんね。

5になって以降、回答のレベルが上がっているのが実感され、さらに便利になったな〜と思いますが、一つ回答したら2つ3つ提案して来るのがうざかったりもしています(笑)。