天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

定期演奏会(2026年2月)

2週連続で生の演奏会でご機嫌です。

本日は、定期会員券の特典で、公開ゲネプロが実施されることになっていて、これを見に行こうと目論んでおりました。

ちゃんと予定もブロックしていく気満々だったんですが、直前に外せない通話打合せが飛び込んできて、う、ギリギリ間に合うか?などと思っていたら、その後の対応をやっぱり今したほうがいいよね、との結論になり(何しろ連休前の金曜日です。スキップするとその後間延びし過ぎます。。)、泣く泣く諦めました。演目的にも公開練習は面白そうだったんだけどな〜。大変残念。

ということで、ゲネプロは断念して、本番だけ行ってきました。演目は、リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」をメインに、前半は武満徹の「系図ー若い人たちのための音楽詩」でした。

「系図」の曲目解説には、元々映画の「ナイト・オン・ザ・プラネット」の音楽になるはずが監督に不採用にされた曲(「音に画が負けてしまう」という理由だったとか)を再構成したものとありました。谷川俊太郎の詩を再構成して、少女の語りで進みます。語りと音楽(主題と変奏)が呼応して進んでいく形のようです。

日本語の詩の朗読が直接耳に入ってくるので、器楽だけよりも生々しいというか脳への刺激が強くて私はちょっと苦手かな〜。曲がとか詩がというより言葉がグサグサくるのが苦手なのだと思います。詩や韻文が苦手なのもこういう理由なんだろうな、などと思いながら聞いていました。痛い。。

休憩後の「英雄の生涯」は交響詩なのですが、交響詩って何?と夫に聞かれて「確かテーマがあるのが交響詩だったと思う」とうろ覚えな回答をしたのですが、まあさほど遠くもなかったようで、Wikipediaによれば、

交響詩(こうきょうし)は、管弦楽によって演奏される標題音楽のうち、作曲家によって交響詩(独:Sinfonische Dichtung、英:symphonic poem)と名付けられたものを言う。

また、標題音楽は、

標題音楽(ひょうだいおんがく、英語: program music, ドイツ語: Programmmusik)とは、音楽以外の想念や心象風景を聴き手に喚起させることを意図して、情景やイメージ、気分や雰囲気といったものを描写した器楽曲のことをいう[1]。対義語の「絶対音楽」は、音楽外の世界を特に参照せずとも鑑賞できるように作曲された音楽作品(またはそのような意図で創られた楽曲)のことをいう。

でした。交響詩は多くが単一楽章らしく、あまり長大なものではないようですが、英雄の生涯は46分と4楽章構成の交響曲並みの長さでした。曲目解説では、英雄の生涯は元々は交響曲を書こうとしていたとか。

解説を読んだり予習で聞いたりしながら本番の演奏を楽しむのが醍醐味ですね。

英雄の生涯の第4部(英雄の戦場)には、トランペットの「バンダ」があって、5人編成のトランペットのうち3人が曲の途中で舞台袖に退場して、裏から演奏し、終わってからまた舞台に戻ってくる構成でした。こういうのは、音の変化もですが入退場を見られるのが生演奏会の楽しさだな〜と。

さて、3月の定期演奏会は、テーマが「姫の肖像」で、シューマンのピアノコンチェルトやシェヘラザードのようです。予習しなくちゃ。