天職の舞台裏

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天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

弁理士試験の合格者に向けて

先日、弁理士試験の最終合格発表がありました。最近は、あまり受験生と接触する機会もなく、ニュースで接するだけになっていますが、3年前に旧ブログに書いた合格者向けのエントリを少し修正してこちらに載せておこうと思います。なお、「弁理士」について考えたことは、キャリアについての一連のエントリと同様に、ある程度まとめてこちらに集約する予定でいます。これはその第一弾ということで。

以下は、当時考えていたことのまとめを多少アップデートしたものですが、基本の考え方は当時も現在も変わっていません。

合格は上がりではない

残念ながら合格は双六の上がりではない。この先弁理士としてキャリアを積んでいくためには、今後も研鑽が欠かせない。プロフェッショナルであり続けることを自分に課しておかないと、資格=仕事をする上での便利な道具、と捉えた瞬間に成長は止まると思うし、クライアントからの信頼が落ちていく。

弁理士試験に限らず、資格試験というものは、最短で合格する方法を追求し、割り切ってとにかく早く受かってしまうことが肝要で、受験生が試験の適切さとか資格に見合った試験かどうか等に悩んでも仕方がないし、受かる前に試験で出題される可能性が限りなく低いけれども重要な分野の勉強をしたところでただのまわりみちに過ぎない。そんなものは、合格してから存分にやればよいので、四の五の言う前にとっとと受かれよ、ということである。

逆に、試験勉強や合格テクニックを駆使して手に入れただけの資格であるのに、その資格に見合った中身が合格だけで身についているとはそもそも勘違いしない方がよい、ということも言える。(ちなみに長く合格までにかかったからと言って、種々の知識がついているとも限らない。念のため。受験テクニックに気づくのが遅れたとか、そもそもその手のテクニックが不得意というパターンが多い。)

合格してからの勉強=プロフェッショナルたるために

なので、「合格後も勉強だよ」と言っても、それは受験勉強とはまったく違うしろものだ、ということである。合格のための効率を考えずに、自分が思う方向に存分に進むことができる。もちろん特許庁に対する代理という専権業務を仕事の中心に据えるのであれば、その裏付けとなる知識の入手や研究は欠かせないから、ある程度の必須レベルをクリアした上で、あとは存分にマニアックな方面でもなんでも気の済むように、ということにはなる。

弁理士の専権業務は特許庁への代理に過ぎないけれど、弁理士であると名乗れば、一般的には知的財産に関する専門家であると思われる。先般改正されて、弁理士法に使命条項が入ったことでもあるし。

▼改正後の弁理士法第1条

弁理士は、知的財産に関する専門家として、知的財産権の適正な保護及び利用の促進その他の知的財産に係る制度の適正な運用に寄与し、もって経済及び産業の発展に資することを使命とする。

知財というのは非常に幅広いので、この全体について『専門家でしょ?』と言われると、普通の弁理士は実はかなり困った事態になるのだが、知財の中でも自分の専門としたいところについては深く知見を蓄えておき、さらに、その他の分野についてはそこまで深くなくてもよいのでそれなりのインプットはしておきたいもの。自分の深い専門を決めるには色々手を出してみて性に合うところ、くらいに考えておけばよいので、慌てることもないし、やっているうちにだんだんそこが専門になった、程度の方がよいのかもしれない。

人脈を大事にしよう

このように一生勉強状態が続くわけだけれども(笑)、ここで重要なのは人脈。自分よりも知識の豊富な先輩弁理士というのは山ほど存在するわけで、直接教えを請うことも、勉強会や研修に参加して恩恵を被ることも重要だし、間接的に接点ができることで、刺激を受けることでも意味がある。企業知財部でなく、特許事務所にいると、この手の刺激や勉強の機会はどうしても限られるので、この点で弁理士資格を取得するのは非常に意義がある。弁理士という同じ土俵に立てれば、何のかんのと機会が得られ、直接間接に助けてもらえることが多くなる。これを利用しない手はない。

受験勉強に投入した時間を取り返すべく仕事に励むのもよいが、それ以上に世界を広げて知己を広げて刺激を受けて自分に投資することが重要。そして、自分が深く関与して貢献した分だけ人から得ることも増える。委員会などのボランティア活動は、それ自体からの直接的な利益はないかもしれないけれど、その活動を通じて知り合った人に対する自分の信用が蓄積されるから、そこに大きな意味が出てくると思う。