天職の舞台裏

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天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

ここまでのインプットを振り返る(2015年4月)

レビュー インプット

今年の年頭に、インプットのテーマとして、「裁判例を読むことに注力したい」としました。3ヶ月経過したところで振り返っておこうと思っていて少々遅くなってしまいましたが、やっておこうと思います。

backstage.senri4000.com

今年は裁判例を読むぞ、という方針は立てたので、行動を判断するときの基準になりました。例えば、研究会で判決が取り上げられる場合にはできるだけ出席する方向に傾きます。事前に資料が配布されれば、判決原文にあたることも増えました。定期購読している知財系の雑誌に判決が引用されていれば、その原文にあたることもあります。そもそも読み飛ばしていた雑誌の論稿も少し丁寧目に読むようにもなりました。

とはいえ、ここまででは、昨年までと比較して「裁判例に触れる機会を増やした」段階にとどまっています。とりあえず流し読みをしても、「ふーん」で終わっていますし、最も多いのは、判決文のクリッピングはしたけれど、読む時間が捻出できなくてEvernoteの中で積ん読になっているものです。最新判決の検討会をしていて、興味を惹かれた判決をその場でDLしますが、直後に読むことができなくて、翌日になると通常運転に戻るので、読む隙を見つけることができていません。

読んだ判決についてブログの記事を書くとか、アウトプットを試みることで、読む意義を高めるべきか、とか、アウトプットの方にノルマを課しておけば読むようになるのではとかも考えてみたのですが、判決の読み方を考えたときに整理したように、裁判例って、その1つだけ読んでもあんまり意味がなくて、というか、読むだけならそれでもいいんでしょうが、そこからなにかを引き出して語るのであれば、同種の裁判例の流れの中に置いてみて評価しないと、頓珍漢な方向に行ってしまう恐れがあって、それを公開する勇気はありませんし、読者の方にも迷惑がかかります。となると、相当色々他のものも読んで始めて書くことができるわけで、普段からその分野の裁判例を読み込んでいるならともかく、現状の私の程度の読んでいる量ではその都度相当量を読まなくてはなりませんので、負荷が高くなってしまいます。

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となると、まず取り組むべきは、ルーティンとして、常に一定量の判決文を読むことを習慣にする方向かなと思います。判決文のクリッピングをしたなら、その翌日までには全部読むだけ読む。引用判決を整理したなら、すぐクリッピングして、これも翌日までに読む。1日1件の判決文を読むよりも、ある程度集中的にやっつけたほうがよさそうです。おそらく判決文をを読むモードに自分自身が入ることができます。こうすることで、平均すれば、1ヶ月に30件くらいは判決文が読めるかな〜。

次に来る問題は、その時間をどうやって捻出するか、ですね。やり方としては、1)読書時間を充てる、2)仕事の時間を充てる(当然ながら仕事の一部ですから)、3)その他の時間を削る、くらいしかありません。もう既に平日の3)は限界に近づいています。かといって、週末は、不定期予定が入るので、定期予定を入れると全部吹っ飛ぶ可能性があり、あまりやりたくありません。1)と2)の組み合わせでしょうが、読みたい本は増える一方だし、そうそう優雅に仕事中に裁判例を読む時間が取れない(会議が多いし)のが辛いところです。

でも、整理してみて、今は量をこなす時期なんだな、ということがハッキリしたので、次の四半期はこの方針でやっていきます。