天職の舞台裏

天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

仕事始め

ゆっくり休んだ冬休み明け、例年になく落ち着いた仕事始めになりました。

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恒例の拠点間をビデオ会議や電話会議で結んだ年始朝礼があり、トップから年頭訓示があって始業に。訓示の中で、「規律」という話が出てきて、そこからこうした典礼・儀式系のことが苦手だなぁという連想が湧いてきました。

どうもね、他者から問答無用で強制される規律(往々にして反論を許さない、画一的なものが多い)よりも、自律を大切にしたい気持ちが強いんだな、と思います。もちろん、自らを律するというのは規則で縛るよりも難度がずっと高くなるし、色々な主張がありえていちいちそれに応えていたら効率的でないなどという面はあるのだけど、でも、効率よりも多様性だよね、と思うわけです。

幼少期・学校期って、規律を与える側は力関係で強者であるため、なかなか逆らうことができず辛かった思い出があります。絶対おかしいとか思うのに、「そういうものだ」で片付けられて納得のいく説明がもらえない。果ては意味なく怒られたりするので、それがまた想像できてしまい、はなから逆らうのを諦めてしまうという循環だったように思います。また、したがっている方にも疑問に思っていない人たちがたくさん存在して、それも辛かったな(そんなに気にしなくてもいいじゃないの、という言われた方になる)。

いまだにこれを引きずっている気がするのですが、きっぱり断る勇気もないんですよね。毎年仕事納め・仕事始めの記事を書くたびにぐちぐちこぼしている気がします。ううむ。

少なくとも、自分の方が力を持っている局面では、相手の自律を促すような手立てを考えて持っていきたいと思うわけですね。子育てはその端的なものであり、ずっとそうしてきたつもりです。理由を説明しないことは一度もやったことがありません。これは、私なりの一番のこだわりであったと思います。