天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

つけた記録をどのように利用するのか

前回記事が長くなりすぎて書けなかった、「記録を見返すのか・振り返るのか」について。

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本書の中で、佐々木さんは以下のように発言されています。

記録として残っていれば、見返そうとさえ思えば見返せますから。
記録した瞬間に記憶への定着度は上がっているので、見返さないと効果がないとは思いません。見返さなくても記録をつける意味はあります。見返した方がいいというのは、見返せば絶対に記憶が再生されるからです。流れがそこにあって、それを再生するトリガーがあればいいと思います。

たすくまの1日分の記録の見返し、そして週間日記

私の場合、たすくまに入力しているコメントは、記録した瞬間定着した、とまではいかなくて、一度見返すことで定着させている感があります。Evernoteに1日分の記録を送り、翌朝朝食までの時間の中で一通り読み返します。見返しているのは、ほとんど写真とコメントで、時間の長さとか何時から何時まで何をやったとかは正直全く見ていません。時間の流れの順に並んでいるので、ざ〜っと流して読んでいく。なので、写真が多いほど、コメントが多いほど読んでいて鮮やかに記憶が蘇る=楽しいので、できるだけコメント入れるように、写真も撮るようにしています。減ってくると楽しくないので「楽しくない」とコメントに入れ、翌日はそれを読んでせっせとコメントを入れる、の繰り返しですね。

コメントを読んで、「ああそうだった」と思い出して、全く忘れていたことにびっくりするというのが通常の流れです。このコメントが申し送りの役割も果たしているので、コメントを読んでからカレンダーに予定を登録したり、本日以降のタスクの登録をしたりすることもあります。

たすくまの記録を読み返すのは、基本的に、この翌日の1回のみです。毎日1ノート作成されるし、溜まっている状態で複数を読み返すとか膨大なのでやりたくない。Evernoteで検索した時にたまたま引っかかってくることはありますが、見ないですね。検索して出てきたもの+その周りの情報を読み返す興味がないというか、その1日の流れの中に置いた状態で読んで意味があるというかそこに興味があるので、検索でヒットした断片をつなぎ合わせたり再構成したりすることには面白みを感じないのだと思います。

この記録によって定着再生された記憶に関しては、この1回で再生が終わっているとも限らず、次にスプレッドシートで1週間分を記入している日記を書きますので、そちらに流れ込んでいるように思います。日記は、定点観測系で、項目別に一言コメントを入れる形になっていますから、たすくまでのコメントが直接反映されるわけではないのですが、日記の前に前日1日を読み返して振り返っていることで、1日の記憶が流れの中で再生されており、コメントに直接書かれていなかったことも思い出しやすくなっていて、その状態で日記を書くことに意味があるかな、と。なので、この順番は崩せません。

そして、この2つのセットを、朝食前の朝の時間帯(その日の行動が始まっていない間)でやってしまうことに大きな意味があって、その日の行動を始めてしまうと、前日の記憶と当日の記憶が混ざってしまってうまく再生ができず、日記を書くことに苦労します。

日記からブログへ

日記の項目の中に、「ブログ更新」があります。ここには、その日に書いたブログ、手持ちのネタ(書きたいと思っているブログのテーマ)の両方を書いています。たすくまの記録を見返したあとに日記を書いていること、「ブログ更新」項目は比較的後の方に配置されていること(だから前の項目までに再生された記憶をトリガーにネタを思いつくことが多いこと)、1週間分が表形式でまとまっているので前日・前々日の入力内容も目に入ること、などの相乗効果で、ブログの記事を書いています。

温めているネタのコーナーというのは他のどこにもなくて、思いついたときにコメントに入れたりして、日記の項目に入る、それが数日のうちに記事になる感じです。基本的に、私のブログは起こったこととそれについて考えたことからなっているので、その場その場になるのかな〜と思っています。

加えて、日曜日にはその週のまとめの記事を書いています。これを書き出したのは2015年からで、それ以来1回休んだだけでずっと継続しています。

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この週のまとめ記事も項目固定の定点観測系なのですが(年が改まるときに見直しをかけたり、もっと細かい見直しは途中でも挟んだりしていますが)、これを書くときには週間日記を元に、その週に書いた個別の記事も参照します。前週からの変化を見たくて前週の記事を読むことは頻繁にありますし、読み返す先を過去の同時期の記事に広げることもあります。

週のまとめの中に、個別の記事にするほどではなかったけど、というネタを書いてしまうことも頻繁にあります。「起こったこと+考えたこと」なので、割とそうなりやすいのかな、と。

このように、日記からブログになる段階で、考えを整理して、テーマを設定し、その切り口で、外向きの文章に仕立てます。ここで相当記憶の再生と整理が行われ、定着しているように思います。以前、週のまとめを書くようになるまでは、ブログに書いておきたい(考えをまとめたい)と思っていても、暇が取れずにそのままになってしまい、結果とりこぼされてしまう(記憶の再生・定着ができずに終わる)ことが多くあったのですが、週単位で書く場を作ったことで、小ネタにして書いてしまうことができるようになり、記憶のインデックスとして働かせることができる精度が上がったように思います。

週のまとめを参照してさらに月のまとめ記事を書き、年のまとめにまとめて行くのですが、ここまで来ると、参照したり読み返したりするのはブログ記事だけになります。年のまとめをテーマ別にも書いているので、その際に細かいところが参照したくなって元の日記やたすくまの方に戻ることがありますが、ごく稀です。ブログはキーワード検索も楽にできるし、読み返していても楽しいのですが、日記やたすくまのコメントは断片的であまり見ていて楽しいものではないので。。

見返して面白いもの

シゴタノ!の別記事で、大橋さんがご自身の日記を読み返す話を書かれています。

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これによると、読み返したくなるのは、(〇〇ってどうだったっけ?といった)「検索要求」が不意に発生したとき」らしく、その要求に従って、デジタル日記を秀丸エディタでgrep検索しているらしい。。。(あの画面を読み返して面白いって凄い・・)

この記事を引用されてシゴタノの別記事を書かれている倉下さんは、自分の関心がある・興味がある自分のことに関する日記を読むのが面白いわけで、そうでない日記は読んでても特に面白くはない、と看破されています。

cyblog.jp

自分の行動に関心があるなら自分の行動を、自分の時間の使い方に興味があるならその使い方を、自分の感情の反応が知りたいなら出来事と感情のセットを、それぞれ日ごとに記録していけばいいのです。

大橋さんにとっては、細かな自分の行動やエピソードの詳細を具体的・詳細に思い出すこと、そして、その1つ1つだけでなく、関連のある自分の行動を貫くテーマを見つけたり横串を指して俯瞰したりするのが面白いんだろうな、といくつかの記事を読んで思いました。ズームイン・ズームアウトの面白さ、みたいな。

私にとっては、生の日記や1日の記録は(他人に見せる前提でないから直接的すぎて)重すぎたり断片的すぎたりして読み返しても面白くないんですよね。読み返すのは、もっぱらブログです。

「検索要求」が生じたときにも、その向かう先はブログで、キーワードで検索かけると大体ヒットしますので、それを読み返します。数件ヒットすることが多いのですが、記事になっていたり、週や月のまとめに入っていたり色々です。ときには全体が見渡せない(記事が足らない)と思うこともあり、それを埋めるべく新たに書いたりすることもあります(そのときそのときの記事にはならないわけですが)。

検索してヒットした記事が記憶よりずいぶん前だったり後だったりして驚くのは日常茶飯事で、中には今のブログにする前だったりして残念な結果になることもあります。何しろ今の多段階記録システムを作り上げたのはこのブログになってからなので、これより前になると途端に解像度が落ちてしまうんですよねぇ。気が向いたときに気が向いたペースで記事を書いていて、定点観測がされていないので、ヒットするものもあるけどしないものも多く、全貌は闇の中です。大橋さんの、ずっと記録があるのは強いですよね。羨ましい限りです(でも生の日記があっても絶対やってないと思うけど。見返し。)。

そういえば、以前、「いつどのスキー場に家族で行ったのか」という検索要求が沸き起こり、昔の手帳は全部スキャンしてEvernoteに入れているため、Evernoteを検索して調べたことがありました(概ね判明した)。これもちゃんと毎年ブログに書いてればなんてことはなかったんですが、欠落は多いしブログを始める前のものもあったりしてさっぱり出てこなかったんですよね。

息子たちの保育園時代のあれこれとか、検索できると楽しいだろうなぁとか思ったりはしますが、当時は全くそんな余裕はなかったので仕方ないなぁ。ちょっと残念。

ということで、今後もきっと今のシステムを維持して、自分にとって面白いブログを書き続けて行くことになるんじゃないかな、と思います。そしてその度に自分の記憶が再生されて行く。この積み重ねで色々生活面は楽になっていると思います。(仕事は別。同じようにはできないし、やろうとも思わないのは前回書いたとおりです)