天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

記録について改めて考えた

先ごろ発売された、「佐々木さん、記録って何の役に立つんですか?」を読みました。

ごりゅごさんのポッドキャストでの佐々木正悟さんインタビューを再構成して書籍にしたものということです。

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シゴタノで大橋さんが力の入った(入りすぎて前中後編になったらしい)レビューを書かれていて、かつ大橋さんの意見も併せてしっかり読むことができて、大変読み応えがあります。私はこの記事を読んで「え、そんなの出てたんだ!」となって慌ててその場でAmazonに走り?Kindle Unlimitedでどの本と入れ替えるべきか一瞬悩んでから即座に読み始めました。

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書籍化するにあたって、前作(あなたの知らないApple Watch)と同様にTak.さんが編集に入っているのですが、それについて倉下さんと語られる「うちあわせcast」も別視点で面白い。

ごりゅごcastインタビューの方は聞いていたんですが、今までで一番「加筆編集」が多いと言われるだけあって、生のインタビューよりも再構成されたこの書籍の方が何倍も面白い。すでに2度読みましたが、これからも何度も読み返す予感がします。そう言えば、Tak.さんによる佐々木さんインタビュー本も何度も読み返しています。

上記のうちあわせcastでTak.さんと倉下さんが評されているのですが、佐々木さんて、発言から真意を推し量るのが難しいというか、四段飛びくらいで(by倉下さん)発言がなされるので、その裏でどういう考えが展開されているのかを想像するのが難しいことが多く、それがインタビューだと聞き手から引き出される形になって面白いのでしょう。

私自身、佐々木さんのセミナーにも何度も出ているし、懇親会も含めてご本人と何度もお話ししていてもそう思うし、ご本人を知っていても面白さが落ちないところがすごいよなぁなどと思ったことでした。

タスクシュートでの記録について

何もしていない時間というものはないので、「タスクシュートでは時間の間を空けないことが大事なんです」と佐々木さんはよく言われますし、本書にも出てきます。2分以上の行動は全部記録して、それによって今現在に集中することができる。

先日懇親会で佐々木さんに「筋金入りですよね」と評された私ですが、実際の私のたすくまの記録は結構飛んでます(苦笑)。無意識に行動を切り替えてしまっていることもよくあるし、トイレとか爪切りとかはタスクカウントしていません。こうして机に向かってブログを書いている間に喉が渇いて階下に行って水を汲んでくるとすると、それについては「無視できる」と考えて何もつけない。

ただ、そういう行動をすると、階下に行った時に何かに気を取られて別の行動を始めてしまうことがあります。場所を変えるとその場所で何か起こっていたり、何かに気づいたりしてしまうので、そちらに引っ張られる感じですね。洗濯が終了していたり、テーブルの上が散らかっているのが気になったり、家事周りが多いかな。

すると、ちょっと無視できない単位の行動の変化になるので、その時点で「ブログ」タスクは一時停止して、「洗濯」とか「片付け」とかの別タスクに記録も入れ替えます。こうしたことが起こりうるので、場所を移動するときはスマホは持ち歩いています。まあだから概ね行動は自覚的に切り替えていると言えるでしょうか。前後が多少不明確ではありますが。(さあこれをしよう、と思ってから記録(開始ボタンを押す)して、そのあと行動する、というより、行動することになってから「あ、記録しなくちゃ」と気づくことが多い)

無自覚に次の行動に移ってしまうのは、他の人に会ったり会話したりしてそちらに引きずられてそのまま行動が始まってしまうパターンが一番多いですね。今やっていることを忘れてしまう(会話を始めるときに「息子と会話」とかたすくまに記録しないし)。キッチンに下りた、息子がちょうど来た、晩御飯の話になった、そのまま準備に入ってしまった、みたいな感じです。これらのどこかで「あ、記録から外れてる」と気がついて、前のタスクを終了させて、次のタスクを開始させることが多いです。

タスクを記録することによって意識が切り替わる、さらには、意識を自覚的に切り替えてからその記録をつけるようになる。そのために、常時行動の記録をつける、という話が出てきます(Part3 記録することは切り替えを意識すること)。この効果は確かにあって、記録を開始したからにはそのタスクをやらなくてはと思うし、とりあえずやっておこうという程度でも着手はするようになる。着手すればそれによってその中に入っていけるのでOKです。

問題は、そのときにやりたいことをカレンダーに登録していて、それを1日の始めにたすくまのタスクリストに読み込んでいるのだけれど、そうしたものはカレンダーだから開始時刻がセットされていて、突然その時刻に通知が来ることが多いんですね。行動には切れ目がなく、そして、私の場合には朝並んだタスクをその通りの時間帯にその通りの順番で実行していることが通常というわけでは全然ないので、たいていは予定していた時刻に全然別のことをやっている最中なのです。すると、そのタスクにすぐさま行動を切り替えることができないので、5分開始時刻を先送りして今のタスクを終わらせるようにするか、そのタスクの開始時刻を削除するかの二択になります。そういう処置をする余裕がないことも多くて、その場合、5分のタスク先送りを何度も繰り返すことになって嫌気がさしてその日はそのタスクを削除してしまうことも往々にしてあります。

とここまで書いて思ったのですが、カレンダーから取り込んだら、そのセクション内のうまい位置に並び替えて(そもそもカレンダーから取り込むと適した位置には入らないので必ず並び替えが必要)、開始時刻設定は削除した方がいいのかも。自分で割り込み作ってびっくりしている感じが強いので。アポイントや予定時刻の壁については開始予定時刻は必須ではあるのですが。

記録による記憶の精度向上により仕事がうまくいくか

昔、大橋さんと佐々木さんが主催されているタスクカフェに参加したときに、仕事のプロジェクトの進め方がうまくいかない、すなわち、記録がうまく取れなくて、それを次回以降に持ち越す(申し送る)ことができない、という相談をしたことがあります。

本書で佐々木さんは「記録に残したいと思うものを片っ端から記録していく」「何が大事かはわからない」「とにかく印象に残ったことを記録に残しておくと、その周辺の記憶を必ずいっしょに思い出すようになる。それがつまり仕事に関する全ての記憶を含むんじゃないかな」などと言われています。ひたすら記録することによって、記憶が定着する、記憶の再現性が上がる、精度が上がる効果がある、ということですね。

また、記録することによって、「目線を今やっていることプラス少し前に釘付けにすることで、ある程度自然に記憶に残るようにしていきたい」「そこに意識を集中させた方が記憶に残りやすい」とも言われています。

今に集中して仕事をし、それによって記憶を定着させていくための一つのメソッドとして周辺情報の記録をする、ということかな、と思います。で、上述のタスクカフェでも同じような説明があり、プロジェクトノートに記録しておく、というメソッドが紹介された覚えがあります。

そして、私の悩みは、この「プロジェクトノートに、進捗を含めて記録しておく」というのがどうやってもできない、続かない、というものでした。仕事でなければ、記録することによって、行動が自覚的になり、切り替えがうまくいく、という効果を実感できるのですが、こと仕事になると、記録することによって集中を削がれるのが煩わしく、そりゃ進捗は書いてあった方が一目で分かるだろうけど、そんなの前回の仕事を一通り見返したら思い出すし、とか思ってしまう。

で、何度かトライはしたものの、どうも私の仕事には特に記録は不要そうだ、という結論になり、きっぱりノートを取るのは止めました。集中ができていれば、仕事そのものによって記憶は定着していくし、長い期間かかる仕事であっても、中断して再開したときにざっと資料なりそこまで作成した成果物だったりを見返せば前回の記憶は蘇ってくるので支障はありません。この辺りの記憶の定着度合いなどは、仕事の性質にも、個人の特質にも色々よるのかな、と思います。全部忘れていたように思っても、何かしら関連の資料を見に行けば周辺情報は鮮やかに蘇ることが多いので、自分で記録していなくてもだいたいOKということなのかもしれません。同僚や部下などを見ていると、自分で作ったものを見返しても記憶がさっぱり戻ってこないという人もいるようなので、こればかりは個人差なのかもな、とか思います。

というわけで、私は1日中仕事の間もたすくまの記録はしていますが、会議や「忘れないためのこと」を除き、仕事のタスクは大くくりで、「考える」「対応する」くらいの勢いになっています。何かやっているときに別のことを挟むことも割とあります。承認などの軽いものは、いくつか並行しても支障はありませんし。

記録を振り返るか?

そんな感じで記録は毎日しているわけですが、これを見返すのかどうか、という話について、先日の懇親会でも多少話題になったこともあり、本書でも書かれていますので、それについて考えてみたいと思ったのですが、流石に長くなったので、別記事にしたいと思います。