天職の舞台裏

天職と思って日々仕事をしてますが、その舞台裏で色々考えていること、あるいは水面下でジタバタしてることを書いています。

ブログを始めた理由

倉下さんの「ブログを10年続けて、僕が考えたこと」を読んで、自分のブログ歴を振り返ってみようと思いました。

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と思っていたところ、Tak.さんの書評を読んで、これはもう一度読んでおかなくては、という気持ちになり、まだ三度目の再読中ですが、ひとまず、初めのところを振り返ろうかな、と。

takpluspluslog.blog.so-net.ne.jp

前回書籍の紹介をした記事の中でちらっと言及しましたが、私のブログ歴は今年で10年です。ただし、ブログ自体は3代目なので、このブログの10周年というわけではありません。

backstage.senri4000.com

初代のブログは2005年2月~2008年3月(記事数187件)、二代目のブログは、2008年4月~2014年9月(記事数967件)、三代目は2014年10月~現在(これまでの記事数227件)となっています。

初代のブログもまだ公開状態で置いてはあるのですが、あまりに黒歴史すぎてちょっとここに直接リンクを貼る勇気はありません(苦笑)。そして、唐突に記事が始まって唐突に終わっています。終わった時(ブログを移転したとき)のことはまだ記憶があるのですが、初代のブログを始めたときのことはあまりよく覚えていません。

未来の自分への思いやりとかまったくない状態なので、当時の状況と、書かれている記事の内容からなぜブログを始めたのかを推測してみます。(それにしても、なにか始めるときには、なぜ始めるのかをちゃんと書き付けて(宣言して)おくべきですね。時間が経つと記憶がすっかり風化してしまってまったく思い出せません。)

「日記」が書きたかった

元々、雑感や考えたことを書き留めることは好きです。これを一箇所に纏めようとして「日記」をつけようとしたことも何度もあるのですが、その度に挫折していて結局続いたことがありません。

書こうとしたときに手元に日記帳がないとか、書き出すと止まらなくて膨大になるので時間がかかりすぎるとか、自分だけに宛てた文章は赤裸々過ぎて突きつけられるものが多くて読み返すと苦しいとか(でも書いていると勢いでそうなってしまうとか)、色々理由はありますが、習慣になる前に気分の盛り上がりが終わって忘れてしまうことが一番多かったように思います。

日記を書くことを前面に出したブログサービスが始まって、これならどこでも(日記帳を持ち歩いていなくても)書けそうだと思い立って作ってみたのが始まりだったようです。なので、当初は非公開で書いていました。さすがに私生活をそのまま世界に向かって叫ぶわけには行かず、公開できるように加工するのも慣れていなくて。

「ブログを10年続けて、僕が考えたこと」では、ブログを4つのタイプに分けられています。 1)新聞・ジャーナリズム系 2)雑誌・消費メディア系 3)技術・同人誌系 4)日記・つぶやき系。そして、日記については、

4 )日記 ・つぶやき系

個人の日記が書かれるブログ 。有意義な情報は少ない 。消費するような情報もなく 、時間つぶしのために読まれるブログ 。

となっています。でも、そこには、等身大のその人が居て、日常の感じ方に発見があったり、共感するところがあったり、参考になることがあったりします。特に、私にとってこの時期(2004年~2005年)は、子育て期間真っ最中ですから、子育て系の日記で、自分のスタイルに合うところをいくつか読んでいました。有用な情報というか、共感する情報。

そうした方とコメント欄で交流をしたりして、自分のも公開してみようかという気になったので、公開に不適切なものは適宜削って公開してみたというのが始まりだったようです。なので、非公開にしていた当時のものは残っておらず(下書きに戻せばよかったものを、削除してしまったようです)、いま公開分を見返すと、唐突感が凄いのです。

公開することの効用

初代のブログは、3年間で187エントリ。1ヶ月に5エントリ程度の緩いペースです。集中して書いていることもあれば、長期間更新が止まっている時期もあります。それでも、なんとかかんとか継続したのは、公開していたから。見ている人が居たからです。ほとんどが、知り合いだったと思いますけれど、それでも、見られていることで、書いてアップロードしようというドライブにはなっていました。

今読み返すと、当時のエントリは、気を使っているといいつつ、匿名でありながら地名が頻出したり、家族のことなどもかなり踏み込んで書いていて、今の自分の基準ではNGと思うものが多くあります。(今の自分基準もちょっと露出が多すぎと指摘されることが多いのですが)

それでも、公開する前提で文章を書いたことで、生の自分の感情や生煮えの考えをぶつけるわけにはいかず、それなりに昇華させて書くようになりました。

振り返ってみると、カナダにいて息子1号が生まれた後、子育てを中心とした日記というか記録というかを手書きで書き付けて実家にFaxしていたことがありました(まだ紙のまま保存してあるので、そろそろデジタルに取り込みたいところです)。外に向けて書くのが私の場合はうまく回るコツなのかもしれません。