ファスト&スロー(下)の第4部「選択」では、プロスペクト理論が説明されています。
中でも、29章では、リスク回避とリスク追求の四分割パターン(下記の図。本書の図13を引用加工)が取り上げられており、興味深く読みました。
この4分割パターンの基礎になっているのは、以下の2つの理論だそうです。
人々は富の状態ではなく利得か特質かを重視する
起こりうる結果に対して人々が割り当てる決定加重(重み付け)は結果の発生確率とは異なる
面白かったのは、これを2つの訴訟案件に応用したものの紹介でした。1つめは、巨額の損害賠償の請求で、原告の勝訴の可能性が95%とされている中での和解提案について。2つめは、原告がさしたる根拠もなく巨額の請求をする「嫌がらせ」の訴訟であり、大体において原告が敗訴するタイプのケースについて。
第1のケース
原告の立場|四分割の左上欄
和解金は請求額の90%程度です。原告の気持ちとしては、わずかとはいえ、敗訴の可能性はある。和解の方が得策だろう、となります。確実な利得に引かれる気持ちに加えて、和解を断って敗訴になった場合の激しい落胆と後悔を怖れる気持ちがあります。
従って、強い立場の原告はリスク回避的になる、という傾向にあるとのこと。
被告の立場|四分割の右上欄
高い確率(95%)で損失を被る状況です。原告提案の和解金は、最悪と同じくらい苦痛であるうえ、裁判で必ず負けると決まったわけでもない。確実な損失はどうしても嫌だし、勝訴の可能性は非常に魅力的、となります。
従って、弱い立場の被告はリスク追求的になる、という傾向にあるとのこと。
和解交渉の結果
このように、リスク回避的な原告とリスク追求的な被告が和解交渉に臨むと、被告の方が強気になるため、交渉力が反映されて、原告は訴訟の統計的結果を下回る額で手を打つ傾向に。
第2のケース
原告の立場|4分割の左下欄
勝訴の確率は極めて低く、宝くじを買うようなものです。わずかな勝訴の確率に過大な重みをつけ、和解交渉では強気で攻撃的になる傾向にあります。
弱い立場の原告は、リスク追求的になる、という傾向にあるとのこと。
被告の立場|4分割の右下欄
可能性はごく小さいが、負けた場合の賠償額は巨大です。わずかな敗訴に過大な重みをつけてリスク回避的となり、適当な金額で和解しようとするが、これは、ほとんどあり得ない不利な判決に対して多額の保険をかけるようなもの、と言われています。
強い立場の被告は、リスク回避的になる、という傾向にあるとのことですね。
和解交渉の結果
原告がギャンブルを選び(リスク追求的)、被告は安全策を採りたがる(リスク回避的)ため、原告は統計的に予想される以上の和解金をせしめることになる、と。
期待値からの系統的な乖離は長期的に見れば代償が大きい
ニューヨーク市のような大きな組織が年間200件の嫌がらせ訴訟に直面し、どの訴訟でも5%の確率で敗訴し100万ドルの損失を被る。どの件でも10万ドルで和解しうるとする。どの件でも和解か法廷闘争を選ぶことができる、という仮定で説明がされています。
200件全てについて法廷闘争を選ぶ=10件で負けて総額1000万ドルを払う
200件全てについて和解を選ぶ=総額で2000万ドルを払う
リスク回避的に振る舞っていつも2を選んでいると、確かに損失が大きくなってしまいます。
なお、ここでは、話を単純化するため、訴訟費用は考えないとされていますが、実際に訴訟の方針を立てる場合は、特に米国では訴訟費用(主に弁護士費用)は大きいため、確実な損失として勘定に入れないわけには行きません。法廷闘争は和解よりも確実性が劣ることに加えて、時間がかかるため、確実な損失が嵩むというのが大きな考慮要素になります。
実際に応用しようと思うと、勝率は色々、和解金の提案額も色々なので単純化が難しいですが、系統的にならないように、常に考えてみる価値はありそうです。